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名古屋地方裁判所 昭和40年(ワ)1961号 判決 1967年8月09日

原告 藤田利光

右訴訟代理人弁護士 伊藤静男

同 郷成文

被告 近藤藤一郎

右訴訟代理人弁護士 石原金三

同 下村登

同 野尻力

被告 小川源右エ門

右訴訟代理人弁護士 桜井紀

被告 沢井きぬ

<ほか三名>

右訴訟代理人弁護士 桜井紀

主文

原告に対し、被告近藤、被告小川は各三四五万円、被告沢井きぬは一一五万円、同英美、同和子、同忠之は各七六六、六六六円および、各これに対する昭和四〇年四月六日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の連帯負担とする。

本判決中原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は各自、原告に対し三四五万円およびこれに対する昭和四〇年四月六日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

原告訴訟代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。

「一、原告は春日井市鳥居松町六丁目三五番地に木造瓦葺二階建共同住宅(床面積壱階六〇坪三合五勺、二階六二坪二合)を所有し、右住宅をもってアパート経営をしていた。

二、昭和四〇年四月六日午后三時二〇分頃右住宅に密着して新築中であった未完成建物から出火し、火は原告所有の前記アパート「松楽荘」の建物に燃え移り、右建物は同日五時頃全焼した。

三、右出火の原因は、被告近藤から右未完成建物の建築を請負って建築に当っていた被告小川源右エ門経営の小川建設(個人企業)の雇人で大工であった亡沢井節太郎が折から風速毎秒平均九メートル以上、湿度二五%という強風且つ異常乾燥時であり、火災警報発令中であったに拘らず、春日井市周辺山林に起った山火事を見物する為漫然とくわえたばこのまま右建築中の未完成建物の屋根に上り、同屋根上に張ってあったルーヒング(紙にコールタールを塗ったもの)や杉皮に煙草の火を引火せしめた重過失によるものである。

四、右沢井節太郎は昭和四一年一二月三日死亡し、その妻である被告沢井きぬ子である、同英美、同和子、同忠之が同人を相続した。

五、被告小川源右エ門は右亡沢井の使用主であり、右沢井外数名の大工を使って右未完成建物の建築を施工していたもので、右亡沢井の前記重過失責任について使用者責任に任ずべきものである。

六、被告近藤藤一郎は右建物の新築工事に際して原告所有のアパートの隣地に境界線より僅か五〇センチメートルの近さに礎石を置いたため原告所有のアパートのヒサシと被告近藤が建築させていた未完成建物のヒサシが入れ違いになるような状況となった。そして原告は再三同被告に抗議していたのであったが正にそのような状況から類焼の結果となったものであり、被告近藤は事故後再三原告方を訪れ、本件失火事件における自己の責任を認め原告の受けた損害を賠償する旨確約した。

七、原告は右記の如く、本件失火事件により、原告所有の右建物を焼失し、その価格である六四五万円の損害を蒙り、保険金三〇〇万円を控除してもなお三四五万円の損害を受けている。

八、よって被告等に対し、右損害金三四五万円と右失火による損失発生日の昭和四〇年四月六日以降民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴に及んだ次第である。」

被告近藤の訴訟代理人は次のように述べた。

「原告の請求原因事実中第一、二項は認める、第三項、第五項は不知、第六項は否認する。第七項の損害額は不知である。」

被告小川、同沢井きぬ、同英美、同和子、同忠之の訴訟代理人は次のように述べた。

「原告の請求原因事実中、第一、二項は認める、第三項中、被告小川が被告近藤から原告主張建物の建築を請負い建築中であったことは認めるが、その余は否認する。第五項第七項は否認する、」

証拠≪省略≫

理由

(一)  昭和四〇年四月六日午後三時二〇分頃、原告所有の春日井市鳥居松町六丁目三五番地所在、木造瓦葺二階建共同住宅(床面積壱階六〇坪三合五勺、弐階六二坪二合)の隣地に建築中の建物から出火し、それからの延焼により同五時頃、原告所有の右住宅が全焼したことは当事者間に争いがない。

(二)  ところで右出火の原因については、≪証拠省略≫によれば、次のように認められる。すなわち当日時頃は風速毎秒九メートル位の西風、湿度二五%の異常乾燥時で、火災警報発令中であった。この様な状況のもとで建築中の未完成建物の屋根に張ってあるルーヒング(紙にコールタールを塗ったもの)および杉皮の上へ、右建物の建築に大工として従事していた亡沢井節太郎は、たまたまそのころ高蔵寺地内でおきた山火事を見ようとくわえたばこのまま上り、そのたばこのすいがらをそのあたりに捨てたため、あるいはたばこの火がその場に落ちたため、その火がルーヒング、杉皮に燃え移り、右建物本体に燃え広がった。沢井は屋根に上っている間は山火事を眺めるのに気をとられていて、たばこの処置については全く注意を払わなかった。以上の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

沢井節太郎は大工として建築に従事するからは一般的にも出火について注意すべき義務があり、右の様な強風、乾燥の気象状況の下で、ルーヒング、杉皮など燃えやすい材料のしいてある上に火のついたたばこをくわえたまま上り、しかもそのたばこの処理に全く注意を払わなかったのは、その重大過失といわなければならない。

(三)  次に、被告小川は右沢井の行為につき使用者としての責任を負うべきものか否について判断する。

≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

すなわち、被告小川は小川建設という名称で建築業を営んでおり、右建物の建築工事を被告近藤から請負い、そのうち大工仕事はこれを沢井節太郎、長谷川久夫に下請けさせた。そのように被告小川は沢井を雇傭契約に基いて雇ったものではなかったが、元請負人として一日二回ほどは右建築現場に来て、必要に応じ沢井ら工事関係者に仕事上の指示をし、また沢井や長谷川は従来から被告小川の下請をしてなれていたので、休憩時間などは一々具体的な指示はせず、適宜とるようにと指示を与えるなど、その指揮監督のもとに沢井らを大工仕事に従事させていた。

以上のように認められるのであり、右事実によれば、沢井は被告小川の下請人ではあるが、被告小川の建築事業のため使用されていたものというべきであり、これを左右するにたりる事実を証すべき資料はない。

そして、沢井の出火原因たる行為は前認定のように、建築工事中の建物の屋根に火のついたたばこをくわえたまま山火事見物のため上ったというものであり、火事見物も、たばこをすうことも、右建築工事の執行そのものでないことはもちろんであるが、建築工事に従事する大工がその建築中の建物の屋根に上ることはその仕事の一であることは当然であり、沢井が内心火事見物のためそこに上ったのだとしても、それは事業執行の範囲に属しないとはいえない。そのようなとき火のついたたばこをくわえたまま上ることは不当なやり方ではあるが、それは不当な事業執行とはいえても事業執行中の行為でないということにはならない。

そうであって見れば、被告小川は沢井の失火行為につき使用者としての責任を負うべきものといわなければならない。

(四)  ≪証拠省略≫によれば、前記火災によって焼失した原告所有建物の時価は六四五万円と認められ、これを左右するにたりる証拠はない、すなわち、沢井の失火により原告の受けた損害は右六四五万円というべきである。

(五)  そうすると、被告小川と沢井節太郎とは各原告に対し右六四五万円から原告が受けたことを自認する火災保険金三〇〇万円を差引いた三四五万円と右不法行為の日である昭和四〇年四月六日以降年五分の割合による遅延損害金とを支払うべき義務を負うに至ったわけであるところ、沢井節太郎が昭和四一年一二月三日死亡し、その妻である被告沢井きぬ、子である被告沢井英美、和子、忠之が相続した旨の原告主張事実を右被告等は明かに争わないから、これを自白したものとみなされる。そうすると、右被告等は沢井節太郎の前記債務につき各相続分に応じ、被告沢井きぬはその三分の一に当る一一五万円、被告沢井英美、和子、忠之は各九分の二に当る七六六、六六六円(円未満切捨)とこれらについての遅延損害金債務を相続承継するに至ったわけである。

(六)  ≪証拠省略≫によると、被告近藤は前記火災の翌日原告方を訪れ、自分の建築中の建物からの出火により原告所有建物が類焼、焼失するに至ったことをわび、原告損失の賠償填補をする旨約したことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

そうすれば、原告の被告近藤に対する本訴請求もまた理由がある。

(七)  以上のように、原告の被告近藤、小川に対する請求は全部正当であるからこれを認容するが、その余の被告等各自に対し三四五万円の支払を求める請求は、前認定の各相続分の範囲内においてのみ認容すべく、これをこえる部分は失当であるから棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西川正世)

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